いきりにいきった言葉達によって3万のスーツ手に入れたはなし

いきりにいきった言葉達によって3万のスーツ手に入れたはなし

一通の手紙

徹底的な自宅待機の末、精神と肉体の限界を迎えつつある僕のもとに一通の手紙が届いた。

「3万円スーツ無料券」

某スーツ会社からの手紙。

ていたらくにていたらくを重ね、水族館にいる昼間のオオサンショウオのごとくベッドから動かない僕に、彼らは3万円のスーツをくれるというのだ。

日頃の行いを振り返ってみてもスーツがもらえるほどの善行を重ねている覚えはないし、なんならこちらが持っているスーツを差し出したほうが良いのではないかという程にパジャマしか着ていない日々であるである。

スーツ?

なぜいきなりスーツ?

そういえば学生時代。

スーツがもらえるキャンペーンに応募したことがあった。

いきりにいきって申し込んだあのキャンペーン。

あいつがついに長旅から。

帰還したのか。

時を戻そう。

学生応援キャンペーン

むかーし、むかしあるところにおじいさんやおばあさんにもいきり散らすいきりにいきった安井がいました。

おじいさん、おばあさんは世間話をするためにスタバへ。

安井はもちろんいきり散らすためにスタバへ行きました。

幸か不幸か桃が流れてくるような奇天烈な展開もなく、店員さんの磨き上げたテクニックによって抽出されたコーヒーが提供されました。

おじいさん、おばあさんは世間話に盛り上がっているためきび団子をくれるはずもなく、安井は店内に流れる「じゃず」のような音楽に身を委ねながらいつも通りインスタを眺めていました。

その時です。

どんぶらこ、どんぶらこ。

五月雨式に流れゆくインスタのストーリーの中に、きらりと光る「学生応援キャンペーン」の文字。

いきりにいきった安井はすぐに広告を拾い上げ、仲間もなしにURLへと飛ぶのでした。

お題

そのキャンペーンは与えられたお題に対する文章を400文字くらい書いて、選ばれたとすれば3万円分のスーツをくれるというものだった。

400文字くらいであればコーヒーが覚める前ですら書き終えてしまうだろう。

と思うほどに安井はいきっていた。

スーツ会社から提示されたお題。

「これからスーツを着て挑戦したいこと」

マグカップをテーブルに置き、親指をスクリーン上に委ねる。

四月から新社会人。最近まで僕は世界一周に行っていました。

世界一周。なんたる響き。

この響きに陶酔し、海外に飛び出した安直な安井。

安直すぎるがゆえに一文目から起用してしまう安井。

世界一周中背負っていたザックをおろし、今度はスーツを見に纏って世界を駆け巡りたいです。

的なニュアンスのことをつらつらと書き上げた。

それが今。

スーツ3万円分無料券として僕の元へ帰ってきたのだ。

現実

あのワクワクしていたころの僕に言ってやりたい。

君は「世界を駆け巡る」どころか。

家からも出ていないんだぜ。

1日に145歩の歩みで「世界を駆け巡りたい」なんて。

君は釈迦と肩を並べるつもりか。

生まれてから7歩という非常に短いスパンで。

果たして君の口から「天上天下唯我独尊」が紡ぎ出せるというのか。

スーツを身に纏う前に、まずパジャマ脱ごうぜ。

そんな安井は東京で陣取っているので。

コロナが落ち着いたらスーツを身に纏ってみんなで居酒屋行こうぜ。